キリスト教とは「南無アッバ」である
 
 
はじめて聞いた方は、何これ?って思うかもしれません。
 
 この意味を、次の井上洋治神父の詩(祈り)によって、説明します。
 
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アッバ アッバ 南無アッバ
 
 「アッバ」とは、イエスが神を親しく呼んだアラム原語で、
幼児が父親を呼ぶときの「パパ」「おとうちゃん」にあたる言葉。
 
良いことをしたから祝福、悪いことをしたから罰、という 厳父ではなく、
幼児を懐に抱く慈父の神のイメージ。
 
「南無」は、サンスクリット語で、
「〜に全幅の信頼を寄せる」という意味。
 
イエスさまにつきそわれ
 
このアッバの心を生き抜いたイエスが、
いつも共にいてくださいます。
 
生きとし生けるものと手をつなぎ
 
人も草木も動物も含めた、
すべての自然・万物といっしょに。
 
おみ風さまにつつまれて
 
「おみ風さま」=「聖霊」=「神の息吹き」は、
アッバ・イエスの心を時代や場所を超えて伝える風。
 
アッバ アッバ  南無アッバ
 
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すなわち、キリスト教とは、 うれしいときも、悲しいときも、
イエスとともに、アッバと呼べる神に
全幅の信頼を寄せて生きること です。
 
具体的には、
日常の中で、折に触れて 「南無アッバ」「南無アッバ」・・・ と、
この短い祈りを繰り返すことによって、
少しずつ、アッバが主、自分が従、
という 「やわらかな生き方」に転換されていくでしょう。
 
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ガラティアの信徒への手紙5章16節(井上訳)
 
風に己れを まかせ切って お生きなさい
 
(文責:平田)


 

ブログ「南無アッバ」を生きる

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